2009年6月アーカイブ
Title.
松本英語と私 12 オーラ
Date. 2009.06.15 / Category.
松本英語と私
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本日のCategory/カテゴリーは「松本英語と私」です。
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今回は、始めて参加した春期大学受験講習
オリエンテーションの続き(5回目)です。
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講師からオーラの嵐!!
本当に圧倒的なパワーと経験を感じさせる講師陣。
本日は、その講師陣を直接まとめていらっしゃった
ミス森(当時森久子教務部長、のちの稲垣久子
フィニックス英語学院校長)のお話をするつもりでした。
が、、、ある理由から、
その前にもう一人当時の講師のお話をしたいと思います。
近藤国太(藤太)先生です。
「ある理由」というのは、こちらも何かのご縁でしょうか?
このブログで近いうちに、近藤先生のお話もしようと思い、
現在どうなさっているかを、最近調べてみたのです。
そうすると、なんと今回6月20日のセミナー
(いよいよ5日後です!今ならまだ空席あるようです。)
でご一緒させていただく神田昌典さんが、
近藤先生の伝記を書かれていたのです!!
「人生の旋律 死の直前、老賢人は何を教えたのか?」

オーストラリアに移住されたことは、
噂では聞いていたのですが、
2004年に88歳でお亡くなりになったことを
神田さんのご著書を読み知りました。
2004年は私がカプランに転職した年と重なり、
個人的にも印象が強い年です。あー、あの時に
オーストラリアで最後をむかえられたのだと、
感慨深いものがありました。
神田さんは、偶然ある時、近藤先生を出版社の人に
紹介されて合ったそうです。その後、あまりに
凄い人生経験を聞くうちに、本にまとめることを
お考えになったようです。
オーストラリアにも行かれて、本当に死の直前まで
近藤先生をインタビューされています。
引用されている部分を読んでいると、
そのまま近藤先生の声が聞こえてきそうです。
この神田さんのご著書を読んでいただければ、
お分かりいただけますが、あまりにも壮絶で、
もの凄すぎる人生を歩まれた方です。
私が昼間部1年生の秋に松本は退職されたのですが、
その後、転職先の西部石油のオフィスにも私の同級生達と一緒に
お邪魔させていただきもしました。
松本講師時代以外の、先生の人生については、
神田さんのご著書に詳しいので、
当時生徒としてみていた先生の魅力をここでは少し。
一言で先生の魅力をまとめるとすると、
世界を股にかけて壮絶な体験をされたことを
直に感じさせるオーラでした。
日本人離れした風貌。白髪、顔の皺が、
年齢というよりも、深い年輪を感じさせていました。
そして格好良かった。頼もしかった。
私が最初に授業を受けた時は、
63歳でいらっしゃいましたが、
迫力満点の大きな声とみなぎるパワーは、
若さでも、生徒達を圧倒していました(笑)。
立ち居振る舞いも、優雅でパワフル。
神田さんが、随所に書かれているように、
いつも背中をピシッと伸ばされていました。
そのため身長以上に背が高くみえて、
威光を放っていらっしゃいました。
また講義中、左手は肘から90度に曲げていて、
そう、丁度ウエイターがナプキンを腕にかける
ような角度で腕もピシッと。
何か、力強さと同時に気品もただよう先生でした。
本当に迫力ある眼差しで私達の目を見つめ、
そして、これまた、迫力あふれる英語で
"When you SPEAK in ENGlish,
LOOK at a PERson in the EYE!"
とよくいわれていたのを思い出します。
実社会での英語ミュニケーションに必要な
イロハをたくさん教えていただきました。
先生ご自身も2冊本を書かれています。
読んでいると、それらのことが懐かしく思い出されます。
上手に反論し自分のペースに持っていく法
―これができれば一人前! 
デカい態度で渡り合え!
―世界中で通用する人間関係10のルール
近藤先生から、教えていただいたことを
私も何とか教室で伝えらるように頑張っています。
先生のご冥福をお祈りします。
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Title.
<第1部>
間違いだらけの日本の英語教育(13)
和和事典の怪!?
Date. 2009.06.14 / Category.
英語マスターセミナー
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「世界で一番英語学習に時間をかけている日本人です。
それが、英語で授業を受けると、
新鮮に感じたり、チャレンジングに思うこと自体が、
本来あってはいけない、ありえない事だと思うのです。」
と書いて、前回の記事を終えました。
「本来あってはいけない、ありえない事」が起きるのは、
なぜか?
単純なことです。
「ありえない事をしているから」に違いありません。
何が「ありえない事」なのか?
少々乱暴な言い方を許していただきたいのですが、
英語教育の現場に限っては、
「日本の常識が世界の非常識」
だと思うことが多々あります。
たとえば、
中学校1年生の教室で最初から英和辞典を
使用させているのは、世界の非常識です!
外国語を習い始めるレベルのクラスで
最初から全員に辞書を用意させるのは、
世界の常識では、ありえないことなのです!!!
初心者クラスに行ったら、生徒がみんな辞書を
もっていたら、本来はぞっとするくらい怖い話です(笑)。
私は留学した時に、アメリカでスペイン語とドイツ語を
受講しました。それまで全く勉強したことがなかったので、
もちろん、初級コースです。
おそらく、本当に全く勉強していなかったのは、
私だけだったと思います。
他の人達は、高校などで勉強してきたのでしょう。
はじめから、多少は知識があるようでした。
ひとり心細かったです(笑)。
「もう一度外国語がわからず、不安なところから、
授業を受ける立場に自分を置いてみよう」
という試みだったので、それで良かったのですが。
いろいろなことが、再発見や再確認できました。
一つは、やはり誰も辞書をもっていなかった事。
講師も辞書の購入はもとより、使う必要性さえ、
全く口にしなかったのです。
ちなみに、クラスはところどころで、
英語を使って説明する部分はあったものの、
基本は、スペイン語はスペイン語、
ドイツ語はドイツ語中心で講義されていました。
スペイン語から英語にとか、ドイツ語から英語に
訳をさせる練習はしていません。
翻訳させる事を目標として、教えてはいないので、
西英事典とか独英辞書は必要なかった訳です!
さらにいえば、1年間くらいは、辞書無しで
その言葉そのものを覚えて、理解できるように
授業を行うのが、世界の常識なのです!
その次の中級レベルまで私は取らなかったのですが、
クラス見学は、させてもらいました。
学習を始めてから、2年目になる生徒さん達です。
見ると多くの生徒が辞書を持参していました。
しかし、それは、2ヶ国語辞典ではありません。
Spanish DictionaryとGerman Dictionaryです。
すなわち、英語は入っていません。
そもそも、英英辞典などの名称があるのも変なこと。
English-English Dictionaryと、英語ではいいません。
名称はEnglish Dictionaryです。
そもそも、私達も国語辞典のことを、
和和辞典とか、日日辞典、国国辞典といわないのと
同じです(笑)。
本来なら、英語学習者が手にするべきなのは、
English Dictionaryで英和・和英などの
Bilingual Dictionaryではありません。
残念ながら日本の常識は違って、あくまで「英英辞典」。
英和辞典と違って、上級者が使うものという認識です。
しかも、英英と英和を併用して学習することも、
何の違和感なく行われています。
英和辞典を使った学習は明治中期から、
始まりました。
それ以前は英和辞典そのものが
存在しませんでしたから、
当初は大変有難いものだっただろうと想像つきます。
何しろ、英語学習の目的が、
英語文献を日本語に翻訳して、
西洋の文化を取り入れることだったからです。
それが、この平成になっても変わることなく、
続いているにすぎません。
少なくとも先進国として、
こんなことを目的に英語を学習しているのは、
世界では、本当に珍しいことだと思います。
英和辞典は、英語から日本語に訳していくために
必要な道具ということだけで、
英語学習には必要ないものに等しいのです。
教える方も、教わる方もそんなことにも
気がつかないくらい、私達は非常識な感覚で
埋もれてしまっているのです。
その結果、どんなに学習しても『英語で考える』ことが
できない。英語は日本語と違って難しいと諦めている
人達を作り出すことにつながっています。
日本で常識だと思われている英語学習法が
世界では非常識である現実。
今後は、非常識と思われる点を
ひとつひとつ明確にしていきたいと思います。
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Title.
6月20日セミナーと不思議な縁 2 (須田騎一朗物語)
Date. 2009.06.13 / Category.
Diary教え子との再会
6月20日(土)社会起業家チャリティーセミナー開催まで
ちょうど1週間になりました。
カンボジアに100万円の寄付を目標にしているそうです。
私はさておき、今を時めく神田昌典さんと山崎伸治さん
お2人のお話を聞ける稀なチャンスです。
まだ、空席がありますので、ぜひお申し込みください(笑)。
詳細、お申込はこちらまで。
さて、このセミナーの件でも不思議な縁を感じさせた
テクネット須田騎一朗社長のお話を続けたいと思います。
最初に出会ったのは25年前、彼がまだ高校3年生で、受験直前の冬期講習でした。
今でも彼の制服姿を覚えています。
巣鴨高校の少し海軍チックな紺の詰襟です。
彼は友達を連れて来ていた記憶があったので、
今回ブログに書くために確かめたところ、
何と彼の誘いで10名くらい松本に来させたそうです。
当時からリーダーシップがあったのですね。
でも、その裏話が面白い!まとめると。。。
受験生なのに、夏からラーメン屋でバイトをした。
それは、ある女の子に振られたショックを、
労働して忘れるためだった。
バイトして貯めたお金の使い道を考えていた時、
冬期講習のDMが自宅に届いた。スパルタ式、
「英語は英語で学習する」など、文字だらけの
説明に惹かれて講習参加した。そして大感激!
早速、講習の様子を校内新聞に記事として
書いたところ、所属していた演劇部員を中心に
巣鴨高校の生徒が続々と松本に通い始めた。
そんな裏話があって、当時私は巣鴨高校の詰襟姿の受講生もたくさん教えさせてもらっていた訳ですね(笑)。
ラーメン屋のバイトはずっと続けていた彼は現役受験を失敗するものの、貯めたお金で4月に松本のナイトスクールに入学します。
予備校にも入りますが、2-3ヶ月で行かなくなり、松本中心の生活へ。英語はもとより、松本の学園祭や、英語劇に没頭します。
「自分への自信をつけること」をテーマに自分が信じることをやり遂げていったそうです。
当時の目標は、私の担任していたクラスのグループで、「リーダーになってドラマで優勝して、片手間で実行した受験勉強で第一志望校に合格すること」だったそうです。
そして、見事にその目標を達成!
石渡グループ・リーダーとして、ドラマ大会でナイトスクール優勝!!
さらに昼間部優勝チーム、ナイト2年目以降(NPG)優勝チームと競う、全校ドラマ大会でも優勝!!!
そして、なんと(前述の大会は夜開催だった)、、、
その翌朝に第1志望校(早稲田大学 第一文学部)受験があり、見事合格!!!!
ちなみにドラマは「シンデレラ」。お馴染みのストーリーにひっかけて制作した
彼のオリジナルストーリーでした。
「シンデレラ」を上演しようとしている、ある高校の演劇部に起こった「シンデレラ」的ファンタジーの傑作!
実はは今でもこの時のビデオを私は保管しています。(ベータなので、見れなくなりましたが。。。)
彼を中心に受験生が主体となって引っ張っていったチームでしたが、主役の王子さまとシンデレラ役だったのも受験生。その2人は、なんとその何年ヶ後に結婚をして今は、3人の子供がいるというおまけつきです!
さて、現在テクネット社長となった須田騎一朗の原型はこの頃に形作られたと私は推測します。
次回は、その後の彼の信じがたい成功ストーリーを導いた秘訣を、この頃のエピソードと照らし合わせて考察して見たいと思います。
乞うご期待!
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Title.
英語力アップ:スピーチの勧め 9 暗唱の秘訣
Date. 2009.06.12 / Category.
Speech
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前回のJFK大統領就任演説の暗唱後半シーンから(笑)
そんなに長いスピーチを、どうして覚えられるのですか?
とよく聞かれます。
私もはじめから覚えられたわけではありません。
むしろ、英語が出来なかったので、
誰よりも覚えられなかったというのが、事実です。
しかし、もうひとつの事実は、
比較的早い段階で、他の人よりも早く覚えられるように
なったというこどです。
その秘訣というのは、何だったのか?
私の中では、答えが明確です。
徹底した音を覚えるトレーニングを通じて、
英語を覚える脳が活性化されたからです。
「英語を吸収する柔らかなスポンジができた」と
私は、よくたとえに用いて説明します。
このスポンジの比喩はよく幼児に使われますよね。
逆に言うと、成人した人は頭が固くなっていると
信じられていて、使われないようです。
断言します。
スポンジは年齢には関係なく作れます!
私の場合は当時18歳でしたから、比較的若かったの
ですが、30年以上経った今でも英語を覚える能力は
いっこうに衰えていません。
また、過去みてきた、様々な年齢層の生徒さんの結果
からも、"Age doesn't matter"(笑)と断言します。
同時にいえることは、やり方を変えないと、
覚えられない人は、どんなに若くても覚えられない
ということです。
中には、覚え方は人それぞれ違っていいのだ。
年齢やその人の性格によって、違った覚え方が
あるはずだと主張する方もいらっしゃるでしょう。
細かいメソッド的なレベルの話なら、
そういうことも言えると思います。
しかし、英語を覚えるのには、絶対欠かせない
根本的なポイントがあると私は信じています。
それは、、、、、
「細かい意味が分からなくても、覚えるようにすること!」
です。
変なことをいっているようですが、
意味が分からないものでも覚えられるから、
母国語は身につくのです。
これは成人した学習者には、特に大切なことなのです。
そして、音を通せば、それが可能になるのです。
また、そのための具体的なメソッドのひとつとして
スピーチの暗唱があるのです。
詳しいお話は、また次回に(笑)。
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パルモア学院 121年祭 3
Date. 2009.06.11 / Category.
パルモア学院
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それでは2年前にパルモア学院創立121年周年記念祭に
参加させていただき、感動したことについてのお話を続けます。
===========================
記念祭が始まる前、新校舎を案内してもらいました。
新山理事長が、その時見せてくれたものの中には、
学院の長い歴史を物語る、アルバムの数々がありました。
明治の時代から、大正、昭和へと、
学院の歩みが目に入ってくる。
アルバムを見た瞬間に、思わず大きな声を出しました。
「凄い!こんなに活気ある学校だったんですね」
新山理事長が通っていた頃の生徒数は
3,000人を 超えていたという。
しかも、そのうちなんと、半分の1,500人もの生徒が
月曜日から金曜日まで、毎日通っていたというのだ!
彼らは学生や社会人で、夕方5時半から9時半まで、
4年間毎日授業を受けていたそうだ。
そして、理事長の学生時代のものや、
昭和30年代から昭和40年代のアルバムも拝見した。
その時、ふと私から出た言葉は、
「本当に凄い! でも、なんか懐かしいです!」
だった。
それは、本当にどこかで、以前見たような写真
だったからです。
当時の学院のイベントを伝える数々の写真。
授業風景もあれば、スピーチ大会らしきものもある。
広いキャンパスを持ち、アメリカの学校かとも思わせる
のどかな雰囲気。
アメリカ人講師を囲み、勉強する生徒達の姿、服装
も時代を感じさせる。
メガネは、みんな黒い極太フレームを着用。
男性のパンツはダブダブだったり、妙に細かったり、
女性のワンピースやスカートなども昔風。
でも、一番私の心を打ったのは、みんなの目。
本当にキラキラと輝いていて、
熱心に学習していたのが分かる。
初めて見る写真なのに、
これは見た記憶があると思った。
そうそれは、昔見た、
松本亨博士の授業風景の写真とそっくりだったのだ。
違ったのは、どこにも松本先生が写っていなかったこと。
先生が長年教鞭を執られていた、明治学院大学も
ミッション系だった。大学での写真には、
似たようなチャペルや、宣教師米国人達が写っていた。
また、先生が数々の大学で行った講演の写真や、
松本亨英語研究会で行った代々木オリンピックセンター
での2泊3日英語合宿の写真。
どの写真にも、松本先生から英語を真剣に学ぼうとする、
熱気や興奮が伝わっていた。
それらの写真と重なったのです。
同じ時代に、同じような光景が、神戸であったんだな。
としみじみ感じました。
そして、アルバムで拝見した当時の生徒さん達が、
この日の121周年記念祭に来るという。
いよいよ、記念祭に出席する楽しみが増えてきた私
だったが、1時間後、実際にパルモア卒業生を見た時、
楽しみが驚嘆に変わったのです!!
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