2009年11月アーカイブ
Title.
TOEFL iBT テスト ライティングの葛藤
Date. 2009.11.10 / Category.
TOEFL iBT
iBTテストは、リーディング、リスニング、スピーキング、ライティングの順番でテストを受けます。そしてそれぞれが30点満点でスコアが出されます。私が、今年6月7日に受験したテストスコアはリーディングを除き、他のセクションは満点に至らず29点でした。このスコアを振り返りながら各セクション注意点を述べてきました。そして今日はライティングセクションに関してです。
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ライティングの葛藤とタイトルには書きましたが、まず2つ思うことがあります。
ひとつは、採点者がどうジャッジするのかわからないことです。ある選択肢を選べば正解というわけではありません。ある人が後で1回だけ読んで何点かと採点してくれるわけです。スピーキングも同じですが、万全の回答をしているつもりでも、微妙な判断で点数は変わるわけです。
ライティングテストを簡潔に説明しますと、読み物と講義をまとめる20分エッセイと一般的な30分エッセイの2つがあります。これをそれぞれ2人の人が採点をします。合計で4人の採点が集まるわけですが、全員が満点としないと30点となりません。29点というのは、4人のうちひとりが満点と判断しなかった場合です。(7月からは、そのうち1人はコンピューターによる採点となったそうです)。
6月7日のテスト、実は自分ではリーディングとライティングは30点取れていると思っていました。前回、前々回お話したように、リスニングとスピーキングは29点だと分っていたのですが。
ですので、ライティングが29点だったのは、ちょっとがっくりきますし、プロとしてなぜ点数がはずれたのかを分析する必要があります。とはいっても、自分のエッセイを読み返すことが出来ませんから、ジレンマが起きます。
もうひとつの葛藤は、受験時に30分のエッセイで書きたい気持ちを抑えることです。
少し本気になって熱く書いてしますと、あっというまに30分が過ぎてしまうのです。「別に英語が書けることが証明できればいいだけのテストだから、あくまで淡々と書くように努めましょう」とはいつも私自身がいうことです。
ところが、たとえば6月7日は、教育理念に関しての題目でした。淡々と一般的なレベルの答えで終えておこうと思いつつも、私の一番書きたい話題だったので、真面目に答えてしまいました。その結果、全く見直す時間もなく、制限時間ぎりぎりまで書き込んでしまいました。
やはり、最後に2-3分くらいは、校正する時間は持ちたいものです。6月7日のテストを振り返ると、そこが反省点として残りました。
しかし、次に受けた6月21日のテストでは、それもままならない事態に陥ったので困りましたが。
ということで、6月21日テストの反省は次回から。これで6月7日を振り返る記事は終了とさせていただきます。
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世界が動いた11月9日
Date. 2009.11.09 / Category.
Diary英語プラスアルファ
人類の歴史上大きな転換期が、20年前の丁度この日に起きました。米ソの冷戦の終結を意味したベルリンの壁の崩壊です。その後のソビエト連邦の崩壊、ヨーロッパ連合の誕生など世界の大きなうねりを示唆した事件でした。
元々、全ては人間がもたらしたこと。時代時代で異なることを信じた人間の行為の結果です。昨日少し、人間の怖さについて語りました。人々が持つ心次第で、大きなスケールでいえば、世界までが動く証拠でもありますよね。
また、戦前戦後の日本もそうだったように、時代が少し異なるだけで、全く異なる世界に住むことになるとは、因果なものです。
以前私が好きな番組として紹介した、NHK衛星第1の今日の世界では、4日間に渡り特集がありました。
東西ドイツが融合された時、ヨーロッパの国の多くには不安もあったそうです。ドイツが再び強国になることで、平和がみだされるのではないかと。不安は的中せず、ヨーロッパ連合の立役者となるべく、諸国との仲介役を買ったのがドイツ。
ドイツは過去の歴史を隠さず、辛くても過去を直面して、学びなおそうという信念を持っているようです。その行為のひとつが、旧東ドイツで行われていた秘密警察資料の公開。20年前まで、市民の自由を束縛し、スパイ行為を重ねていた秘密警察の極秘資料が公開されているのです。
悲惨なのは、その資料にある密告者名が、なんと肉親だったり親友だったことが分かること。資料を見るまでは、夢にも思わなかった人達、今も近くにいるような人達が自分を裏切っていたことが残酷なまでに分かるのです。そんな事が、もし私達のまわりであったとしたら、と考えるとゾッとします。
また、旧東ドイツ人が、資本主義国家の荒波に追いついていけないことがあったりと、東西ドイツにおける真の意味での融合や人々の幸福はまだ達成されていないようです。
たった20年ですから、全ては解消されるはずもないのですが、同時にあまりに多くのことが急激に変化したともいえます。
実は個人的にも、20年間と聞いて感慨深いものがあります。ちょうど、私が留学を終えたのが、壁崩壊の1ヵ月後だったのです。私も留学を終えてから20年もたったのか、でもどのくらい自分の成長や社会に対して貢献を遂げてきたのかと、少し考えさせられた1日でした。
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回想 あの日から丸1年
Date. 2009.11.08 / Category.
Diary
先月ブログでも取り上げました「将来英語を使う職につきたい」という方と、今日直接お話をする機会がありました。社会人を指導できるような講師になるべく、真剣にチャレンジしてみたいとのご希望でした。実際に頑張る姿を見させていただいて、今後もアドバイスをしていくことをお約束しました。又あれ以来私のブログ過去の記事も全て読んでくれているとのこと。そんな彼女があることを思い出させてくれました。
「先生が前にいらっしゃった学校が閉鎖だと聞かされたのが、丁度1年前の11月8日だったんですよね。ブログに書いてありました。」
あれから1年くらい経つ頃だな、とは気づいていたのですが、今日がその日だったとは、正直指摘を受けるまでは覚えていませんでした。アポイントメント後にその時のブログをチェックすると、確かにこうありました。
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学院長である森先生の事務所に一人よばれ、「学院を閉鎖せざるを得ない」と告げられた。
それが10日前の11月8日土曜日夜8時過ぎ。
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あの夜の話は一生忘れないでしょう。
あれから早1年。今も多くの元フィニックス生が通ってくれています。フィニックスで講師だった加藤先生、アントニー先生、リュウ先生の3人もカプランで教えてくれています。というか、もうすでに「元フィニックスの。。。」という感覚は皆無くなってきているかと思います。時が経つのは早いものですね。
今だから言えますが、正直あの直後のインパクトは想像以上にありました。善意を持って行ったことも、中には悪くとる人もいるものです。身に覚えが無いとはいえ、誹謗中傷を受けると心は痛むものです。そして何よりもショックだったのは、生徒同士で理解する心が欠けていたことです。
もちろん全員ではないのですが、やれ「フィニックスの生徒は、、、、だから違って嫌だ」とカプラン生からの声が出ただけでなく、「カプランの生徒は、、、、」と受け入れたフィニックスの生徒からも同じような声も聞きました。
聞けば誤解も多く、「時間が必ず解決してくれる」という確信は持てました。しかし、明らかに過剰な反応に人間の怖さも見た気がしました。ともすれば私達は、自らのアイデンティティをグループ化して、他のグループとの違いに過敏に反応してしまう傾向にある。動物的反応なのでしょうか。
人間ならば、相違点よりも共通点に気づきたいものですが、それが出来ないから戦争も絶えないのでしょう。センチメンタルなことを言う気はないのですが、重要なことです。
特に英語を学ぶ私達は、そのような視点を常に持ちたいものです。異文化間のコミュニケーション能力を高めるために学んでいるのですから。
それを考えると、同じ日本人同士で、英語習得という同じ目的を持ち、同じ真剣さで、同じ学習法で望んでいる者同士ですら、コミュニケーションを取ることも拒むようでは、とショックではありました。
いろいろと事情があるかもしれません。しかし、「英語を学ぶことは人間力を高めることだ」と英語を指導していく上での目的も再認識させられました。
そして今は冒頭でお話したように、フィニックスから来た誰それだ、というような認識は過去のものとなってきました。本来あるべき、○○さんだ、という個人個人のアイデンティティをお互い受け入れていると思います。
もちろん個人個人の間でも反発しあうこともあるでしょう。ともすれば、狭くなる人間の心と視野。しかし、やはり英語を学ぶ私達は、それらを超えて、分かり合える心も育んでいくことも学習のひとつとして心掛けたいものですね。
皆さん、一緒に頑張っていきましょう!
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パルモア学院 121年祭を振り返って
Date. 2009.11.07 / Category.
パルモア学院
日野原重明先生の講演も終了して、場所はパーティ会場に移されました。新山理事長と当時同級生でミュージッククラブだった方々によるプロ顔負けの演奏などもあり、大変に盛り上がりました。またどなたでも知っているような経済界で活躍中の方々も卒業生にいらっしゃることを知り、パルモアの歴史と実績を再確認させていただきました。

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2年前にカプラン・ジャパン提携校、神戸のパルモア学院
121年周年記念祭のお話、最終回です。===========================
あれから、丸2年が経ちました。昨日パルモア学院にもお電話をさせていただき、近況のご報告を頂きました。入学者数増加には苦心しているものの、継続率が高く、また紹介で入学してくれることが多いことが嬉しいとのお話でした。
一方、最近は英語学習を甘く見ているような人達も多く、受講生のモチベーションアップに時間もさかれるというお話を聞きました。1週間に1度通学すれば、それでいいようなものではなく、自宅学習も大切だというような基本的な話もしなければいけないと。
そうですよね。よくわかります。特に成人の学習者は、他の習い事や仕事や付き合いなどに追われて、英語がおざなりになりがちです。今に始まったことではないと思いますが、昨今そのような英語学習を軽視するような傾向が増えていると思います。
これは業界の責任でもあるかもしれません。マーケティング的に、受講生を生徒というよりも、消費者(お客様)として捕らえる傾向が強くなりすぎていると危惧します。生徒のいわゆる「わがまま」で「甘い姿勢」を「正すよりも、助長してきている」結果かもしれません。
私達の仕事は、受講生の本当のニーズ、すなわち「英語力をつけたい」という希望にマッチさせることです。そのような希望を叶えるためには、受講生の心、やる気に火をともすことが必要です。
「たかが英語」という姿勢ではなく、真剣に英語学習に向かわせることです。そうすれば、日野原先生を例にとるのは失礼かもしれませんが、どんなに忙しくなったとしても、睡眠時間を削ったっとしても、何歳であろうとも、学習だけでなく人生までもが、むしろ楽しく感じられるようになるはずです。
パルモア学院の場合も、その希望を叶えてきたからこそ、120年以上も継続されていることだと思います。過去そのような教育を受けて人生まで変わったと感謝している人達が多いのだと思います。だからこそいまだに口コミが多いし、新山ご夫妻のように、元生徒が学院のことを熱く思い再建に乗り出しているのです。
そんな学院が駅前留学など利便性ばかりを唱えた、大手のスクールに生徒が奪われ、そして今そのような学校が倒産することで、業界全体に不信感をもたれてしまい、入学者が伸び悩んでいる現状は皮肉なものでもあります。
パルモアの歴史に基ずく、確固たる英語教育を続ける中で、ぜひまた沢山の生徒さんでにぎあうような学院に再成長していただくことを祈っています。
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パルモア学院 121年祭 7
Date. 2009.11.06 / Category.
パルモア学院
96歳にして、1時間以上にわたりバイタリティ溢れる講演。それだけでも驚異的でしたが、その日は早朝7時半から仕事をされていたとのこと。しかも東京から大阪、そして神戸に来てもうひとつ講演を終えた後だったそうです。そんな日野原重明先生のパワーとパルモアとの秘話が公開されました。

日野原先生が小さい頃は、体が弱かったのはご存知の方も多いかと思います。そのため学校も欠席がちだったとのこと。そんな先生を当時救ったのが、パルモアと関連していたことだったのです。
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2年前にカプラン・ジャパン提携校、神戸のパルモア学院
121年周年記念祭に参加して感動したお話を続けます。===========================
パルモア学院は1886年に宣教師の方が開設されたもので、その後教会も創られました。それが、あの時121年祭の会場となった栄光教会でした。そして、幼少時の日野原先生は、この教会に通い、宣教師の奥様からピアノを習っていたということです。
先生は音楽にも精通されていて、日本の音楽療法の第一人者といわれています。音楽を通して心と体の病の両方が克服できることを、当時先生は身を持って体験されたそうです。
教会にあったピアノも弾きながら、そんな秘話をご披露してくださいました。まさにパルモアを始めた宣教師達がいたお陰で、先生は音楽に出会い心と体を鍛えていけたとのことでした。
またパルモアの歴史を一番長く見てきた人間としても、熱いメッセージが送られました。
学院は過去幾多の困難も乗越えてきた。今後も存続して成長して欲しいと。大切なのは皆の思いであると。困難に面した時、いかに希望と高い夢を描けるかが大切だといわれました。
ところで今思えば、オバマ大統領のメッセージとダブりますね。でも、オバマ以上の迫力が言葉にあったかもしれません。何しろご本人の長い人生や生き方、そのものの話でしたから。シカゴでの勝利演説でオバマが引用した106歳のクーパー婦人自身がお話されているようなもの、いや全くそれ以上の迫力がある話でした。
腕を高く天にむけて弧を描き、「天空高く夢を描け!」とおっしゃいました。新たな病院設立などご自身の夢を語るとともに。そんな夢を語ると「先生は一体何歳まで生きるつもりなんですか?」と病院スタッフには驚かれる、でも大きな夢があるから人生楽しいと。
心が洗われ、勇気も100倍いただいた講演でした。
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