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気がつけば、さきほど夜中の12時をまわり日付が変更。4月1日になってしまいました。そうエイプリルフールの日なのですが、今から書くのは本当に嘘のような本当の話です。
ややこしいですね。ごめんなさい。本当の本当の話なのです。たまたま4月1日に記事アップとなってしまいましたが。
先週ボストンまで行っていた大きな目的は人との出会いだとお話しましたが、その中でも一生忘れられないことがありました。
それだけでも今回TESOL大会に参加して良かったと心から思えることだったのです。
少しづつお話していきます。
まずここでいうTESOLはTeachers of English to Speakers of Other Languagesの略で、母国語が英語でない人を教えている英語教師の連盟です。
いくつかの試みのもとに1966年に米国で発足されて、現在は世界規模に発展して、1万2千人以上の会員がいます。(日本の会員は今年2月の時点で約450人)
さて、その創立者のひとりであり初代会長(Executive Director)を務められたのがJames E. Alatis博士です。
毎年博士の名前でTESOL賞が贈られたり、年次大会でもJames E. Alatis Plenaryと銘打った全員出席する講演会が開かれています。
さてさて、ここからが信じられない話の始まりなのですが、Alatis博士は実は私のクラスメートだったことがあるのです。はい、言語学のクラスで本当に。
あれは1988年の夏学期でした。
ジョージタウン大学院で私が最初に受けた言語習得理論(Language Acquisition) 講座に博士が講師としてではなく、生徒としていたのです。
実はこのことはあとで分ったことなのですが。。。私はある事情から1日遅れての受講開始となったので知らなかったのです。
今でもハッキリ覚えています。
初めての学校、初めてのクラス、どんな講師と生徒がいるのか少しドキドキしながらクラスに向かい、1日遅れた私だけ自己紹介させられてクラスは開始しました。
すると、クラスの一番前、講師のまん前に座って一人元気良く、いろいろな発言をしている『おじいさん』がいたのです。
アメリカの大学院には、結構年配の人が来ているのは知っていましたが、「元気よすぎ」と思うくらい活発に、時には発言を訂正されても「ひるまずに頑張っているな」なんて思って見ていました。
クラスが終了すると私のところにきて、日本のどこから来たのかとか質問ぜめ。
「いやー、このおじいさんに話しても、そんなに日本の細かいこと分らないだろう」とか思いながら、半ば適当に答えていた自分がいました。
大変失礼なことをしたと後で大反省。
そう、その『ただのおじいさん』だと思った人がAlatis(アレイタス)博士だったのです。
不勉強だった私はそのことを何と学期終了の最後の最後まで気がつかないでいました。
最終日の試験日に、あの元気なジムおじいさん(アレイタス博士のファーストネーム)が教室に現れないのです。
不思議に思った私はクラスメートに「ジムはどうしたんだろう」と聞いたのです。
すると「今日は来ないわよ。試験は受ける必要はないもの。言語学部部長なんだから」と言われて初めて事の真相を知ったのです。
ガ―ン!!これって何て凄いことなんだろうと感服させられました。
。。。この話、長くなるので明日に続けますね。
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