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1979年の4月でした。今思うと私の人生を決定づけるような判断をしたのは。
その時私は高校を卒業したばかり、というか、浪人生活を始めたばかりでした。もちろん、その時の判断が人生を決定づけることになるなど、想像だにしませんでしたが。
当時の少し詳しい背景は、こちら松本英語と私にあります(1から16話までしかまだ書いていませんがぜひ読んでください)。偶然、本屋さんで故松本亨博士の本を見つけ、博士の学校で春期大学受験講習を受けたのです。
私は「英語をモノにする心構え」に問題ばかりあった人間でした。英語を出来る日本人を見ると、斜に構え、一生懸命に学習している同年代の人間には、拒絶感すら持っていました。
それが、以前ユーモアスピーチでご紹介したようなある偶然のアクシデントで、心の壁が崩れて、素直に学習する気持ちになれたのです。
しかし、素直な気持ちになっても、私にはさらに問題だらけでした。
一番大きな問題だったのは、英語力がなかったことですが、それはまた後でお話しすることとします。
いずれにしても、その春期大学受験講習が終了した時、大きな決断をしなければいけなかったのです。
普通の浪人生のように予備校に行くか、それとも松本博士の学校(以下は松本と略します)に入学をするかという決断でした。
その決断するときに、お金と本気度の問題とに直面したのです。
ちなみに松本に入学といっても考えていたのは、週に3日のナイトスクールでした。時間数にして週6時間半の授業を、文字通り夜間に受けるコースです。
それでも、予備校に行くくらい授業料が高かったですし、英語しかクラスも無い上に、基本は社会人向けのコースでした。
受験生も多く在籍していたものの、受験問題対策などとは一切無縁のコースでした。しかし、松本のナイトコースでしっかりと勉強すれば、受験対策につながる、いや、受験レベルを超える英語力がつくという話だったのです。
在籍していた浪人生の多くは、昼間は予備校にも行っていました。英語は松本だけ、でも他教科の対策を予備校でするためでした。
さて私はといえば、そのような2つの学校に行くチョイスはなかったのです。家庭の事情がありました。実は父の会社の経営状態が悪化していたのでした。。。また明日以降に続けます。
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