教え子との再会のブログ記事
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時空を超えて Ustream でつながろう
Date. 2011.09.09 / Category.
Ustream教え子との再会
何かの縁で、同じような興味を分かち合い、長い時間を共にしていた人達。そんな人達と、また何かをきっかけに出逢うことって、貴重ですよね。人生短い中、そんなに人との縁はあるようでないですから。
3日前、伽藍琳さんのLin's Bar ~ミュージカル100%!でも、いろいろな再会がありました。
私が7年前にフィニックス英語学院を離れて以来、今回出逢った3人がこちら。

ミキと私を挟んでルミコとヤス。ミキは日本語のディベートも修行中で、ヤスはフィニックスの同級生と結婚したとか。中でも特に驚いたのが、ルミコこと、豊田留美子さん。
まず、当日のキーボード奏者として出演していたのです。琳さんと留美子さんも、何年か前に偶然、居酒屋で再会して意気投合したとか、そして今回も素晴らしい演奏でショーをコラボしていたのでした。
現在は結婚して、新潟に住んでいるけれども、今回琳さんからの要請を受けて来たそうです。しかも1歳6ヶ月のかわいい赤ちゃんを連れて、日帰りで車に乗って。
とても疲れているはずなのに、ショー終了後も、素敵な笑顔を見せながら、片付けしていました。
実は3人とも、私がフィニックスを離れる直前の生徒さん達でしたが、それぞれの素晴らしいキャラが印象に残っていました。何年経っても、変わらない彼らの素晴らしさを感じて嬉しかったです。
最近の出逢いといえば、17年くらい前の松本英語学院時代の昼間部生、エイイチこと、日田英一さんも、先週末に私に会いにきてくれました。

松本を卒業後、上智大学に進んだものの、ビジネスをはじめるために退学。今は群馬県で健康ヨーグルトの通販会社、ソフトバンクの代理店、また瞬間除菌・消息剤販売や、節電の交流会も運営しているそうです。
今後は、ヨーロッパへの展開も見えてきているそうで、さらに英語も鍛えたいとか。益々元気な様子を聞き、楽しい時間を過ごせました。
さて、琳さんもそうでしたが、日田さんと再会できたのも、フェイスブックがきっかけでした。最近、その他、ブログやツイッター、いわゆるネットの力のお陰で、いろいろな人達とつながるようになったのは嬉しい限りです。
とはいえ、さらに何かしらのきっかけがないと、さらなる交信や交流もできないわけです。
ということで、私が楽しみにしているのが、今週日曜日夜のUstream 配信です。番組を通して、また昔や新たな交流が促進されるからです。

日田さんも過去2回の番組中、ずっとコメントをツイートしてくれていましたし、地方や海外にいる人達とも、同じ時間を共有してお話することができました。
そして、この「石渡誠のオネストリー・スピーキング」をきっかけに、私だけでなく、番組を見ている人達同志の交流が、多く生まれてくるのを期待しています。
英語という共通する興味を持つ者同志、旧友だけでなく、まだお互いの顔も知らない新しい人達の間でも、貴重な出逢いの輪が広がってくれると最高ですよね。
今回はカプラン受講生有志の人達にも、一緒に教室に来てもらって、さらに楽しく、にぎやかなトークをしていきたいと思っています。
夜8時半きっかりに開始しますが、終わりは予定の10時を過ぎるかもしれません。ネットにログインするのが、遅くなっても、まだ番組は配信しているかもしれませんから、ぜひチェックしてみてください。
Facebook にある詳細はこちらから。
番組のリンクはこちらです。
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絆
Date. 2011.07.22 / Category.
教え子との再会
時が経つのは早いものです。たとえば、25年間なんてアッという間に過ぎてしまうものだと、今日も実感しました。
今日は先ほどまで、25年ぶりの再会を楽しんできました。またまたFacebookのお蔭で、昔の生徒さんとの再会ができたのです。

ニューヨークに20年以上住んでいる山崎(旧姓)智重美さんと、永井彰さんです。
2人とは、5か月前にFacebook上で再会しました。そして今回、山崎さんが夏休みで日本に帰省されたので、実際に会う機会も持てました。山崎さんと永井さんは、以前にもニューヨークや日本で他の仲間達と一緒に会ったりもしていたそうですが、私にとっては本当に25年ぶりの再会となったのです。
25年間は、四半世紀の長さですから、勿論いろいろな事が人生起こります。当時はまだ大学生だった2人も、今はそれぞれ4人と3人の子供を育てているとか。
山崎さんは念願の国際線スチュワーデスになり、結婚のため退職。しかし、2年前からまた客室乗務員として復職されたそうです。以前とは違う航空会社に勤めることになり、2か月に及ぶ厳しい新人研修をまた経て、仕事に子育てに、忙しく頑張っている話を頼もしく聞きました。
永井さんは、銀行に勤めた後、英語を活かすために転職。主に保育器を海外に販売している、バリバリの国際ビジネスマンになっていました。また来月も行くという、ドバイや中東地域の話、また、ビジネス相手としてのアメリカ人、ヨーロッパ人、中東アジア人などの違いなども話してくれました。
いわば、現在完了進行形でおきている、彼らの海外での体験談はとても面白く、それだけでも時間が足りないくらいでした。
それにも増して、25年間のプライベートな経験談は、あまりに濃すぎて、ついていくのも大変なことでした。また、彼らが知っている他の人達の話も出るにつけ、それぞれ、どのような人生を歩んでいるか想像しながら、アッという間に再会の時間も過ぎていったのです。
でも、面白いものですよね。
確かに25年間は長いです。でも、濃縮度が高い話を聞いていく中で、その25年間のタイムギャップもすぐに埋まっていったのです。お互いの距離間も、またグッと縮まり、あたかも、ついこの間まで会っていたかのような錯覚にまで陥いりました。
また、考えると不思議なのは、私には彼らとの接点が3年間くらいしかなかったことです。それなのに、それ以降の25年間もの時間も含めて、ずっと知り合っているかのような、錯覚を感じられたことです。
皆さんも、似たような体験を沢山お持ちだと思います。
たとえ短くとも、あまりに濃いほどの時間を一緒に過ごした仲間とは、何年たっても消えない絆があるのですね。そして、その絆は再会により、一挙にさらに長く太く強固なものにもなっていく、可能性も感じられるのです。
いずれにしても、熱く英語学習に燃えていた皆が、培った英語力を生かして、それぞれの世界で活躍してくれていることを聞き、私はこの上なく、しあわせに感じた夜でした。
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Musical な世界
Date. 2011.07.06 / Category.
教え子との再会
純粋に一筋の道を究めていく人の姿には心を惹かれますよね。
「人間の身体の60%は水が占めているそうですが、多分私のからだの60%はミュージカルが占めていると思います。キラキラした憧れや夢見る心を持ち続けるには長すぎる年月を、この世界で費やしてきたけれど、それでもなお、ミュージカルは私のからだの半分以上を占めていて、減る気配がありません。」と語るのは俳優・シンガー・コンテンポラリーダンサーの伽藍琳さん。
最近Facebookを始めたお蔭で、またいろいろな再会が増えていますが、伽藍琳さんもその一人です。最初に会ったのは10年前でした。テレビや舞台でも活躍する傍ら、当時フィニックス英語学院に学びに来たのでした。私のドラマプロジェクトワーククラスで演じてくれたウエストサイドストーリーのマリアは今でも目に焼き付いています。
Facebookで伽藍さんのライブイベントご招待を受けたので、先月29日に行って参りました。美しい日本のメロディを奏でる夜ということでした。
カプランブログ担当の外谷さんも
久しぶりに聞いた伽藍さんの歌声でしたが、本当にうっとりしました。伸びやかで張りのある歌声は、とてもまろやかでもあるのです。人間性が出ているのですね。本当に優しく気配りあふれる性格がそのまま。
日本語の歌だけでライブを行うのは稀だそうで、ご本人は心配げでありましたが、一緒に行った加藤先生などは美空ひばりより上手かったと感激していました。
元フィニックス英語学院の受講生の中にも、伽藍さんのファンでずっといる人達が多くいて、この日観に来ていた彼女らとも嬉しい再会をしました。

そして実は昨日も行ってきたのです。ペルー大使館でイベントの予定が急遽キャンセルになったので、当初から観に行く予定をたてていた秀美先生、道先生に加わることができたのです。
今回は、Lin's Bar と銘打った100%ミュージカルなショーだということで、これも楽しみに行ったのですが感服しました。「私のホームグラウンドの歌」と言っていましたが、歌への深い思いが伝わってきました。
伽藍さんいわく、「未だに、言いたいことを英語で言うのにたいそう苦労する私ですが、不思議と歌詞に関しては、英語の方がからだに自然に入ってきます。感情も、英語の歌詞の方が断然表現しやすいです。英語で書かれた歌は、英語で歌ってこそ本来のcoreが伝わると信じているからかもしれません」
英語を勉強してきた成果が、見事に出て良かったですね。

さて、次回の Lin's Bar について耳より情報があるので、皆さんにもシェアしますね。9/6(火)に予定されているそうですが、コーラスオーディエンスを募集しているとのことです。
前回6月のショーで初めて試みたところ、20名以上集まって大成功だったとか。以下伽藍さんのお話引用します。
「もともと、震災後に、歌ったり踊ったりする事に後ろめたさを感じていたところから自分自身が脱する為に、そして、私の周りの(舞台人以外の)知人の中でも、自粛ムードで趣味のコーラスをお休みしたり、本当は歌が大好きなのにしばらく歌っていない、という人が沢山いることを知って、歌っていいんだよ、歌おうよ、というシンプルな気持ちから生まれた企画です。
予想を超える数の希望者が集まってくれて、本番のステージでは一人一人が本当に良い笑顔でキラキラ輝いていて、そんなみなさんと一緒に歌いながら私、多分プロになって初めて、感動してステージ上で涙しました。」

前回のコーラスオーディエンスに参加したという、元フィニックスの受講生の人達も来ていました。
どうですか。皆さん。私も時間が合えば参加したいな。詳しくはこちらです。
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不思議な縁 5 須田騎一朗物語
Date. 2011.05.03 / Category.
教え子との再会英語プラスアルファ
私が晴れて大学生になったのは26才の時でした。4年間で大学と大学院を卒業して30才までに東京松本英語専門学校に戻ると決めて留学しました。
志通り、私は30になったその月に帰国して、松本の教壇に再び立つことができました。教える傍ら、4年前に離れた生徒達の動向が気になって、特に頑張っていた人達に連絡を入れて会っていきました。
そして私が帰ってきたことをきっかけに、また英語学習を再開したいと復学してくれる人達もいました。
その中の一人が、この話のシリーズの主人公である須田さんでした。当時私は30歳、そして彼は24歳だったのです。
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前回のお話よりほぼ2年間近くたってしまいましたが続けます。
6月20日セミナーと不思議な縁 1(須田騎一朗物語)
6月20日セミナーと不思議な縁 2 (須田騎一朗物語)
6月20日セミナーと不思議な縁 3 (須田騎一朗物語)
6月20日セミナーと不思議な縁 4 (須田騎一朗物語)
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第一志望で入学したはずの早稲田を中退して、新聞配達や出版社の社員、トラック運転手を経て企画会社に入社していました。
当初は親の会社を引き継げる人物になろうと、武者修行のつもりでいろいろとためしながらも、葛藤の日々をおくっていたそうです。
2年務めた出版会社時代は、小規模学習塾の多店舗展開というビジネスの立ち上げに携わり、毎日9時からほぼ終電まで14時間、週6日労働しつづけたそうです。
上場企業でアルバイトのつもりで始めたのが、ある役員あてにリポートを書いたところ気に入られて責任者に抜擢。2年間で、なんと60もの教室を立ち上げてマニュアル化。そして、その内容を新卒の後輩に引き継いだそうです。しかし彼は燃え尽きてしまったので辞職。
次にトラック運転手をしながら人生について考える日々。配達のあとは喫茶店に深夜の閉店まで毎日通って、いろいろな本を乱読したとか。
そして、ソニー創業者(盛田昭夫)の起業ストーリーである『メイド・イン・ジャパン』を読み、胸が高鳴って止まらなくなったそうです。
「そうだ、親の会社を継ぐのではなく、俺も盛田さんのように自分でビジネスを立ち上げよう。」
「自分でビジネスを立ち上げれば、万が一、親が倒れるようなことがあっても、ノウハウがあるからすぐに助けに行けるではないか。」
「自分で会社をつくれない人間が、親の会社を継げるはずもない。そうやって、能力をはやく見極めればいいのだ。」
30才の時にに独立創業した彼の父親にも刺激を受け、自力で30になるまでに起業しようと決意したそうです。この時彼は23歳、そして7年後にその目標を達成したわけです。
そして、その日、たまたま手にしたアルバイト雑誌で見た、5センチ×5センチの小さな広告。それに引き込まれ、1時間ほど、喫茶店の中で悩んだあげく、その会社に電話をかけた。
それが次の企画会社だったわけです。優秀な先輩たちに囲まれて、大変エキサイティングな時間を過ごすものの、世代の異なる先輩方の仕事力になかなか追いつけず、結果として自信喪失に陥りそうな状況でもあったとか。連日徹夜で働いてしまうほど仕事漬けだった状況も、打破したくなっていた。
さぁ、話は長くなりましたが、そんな時に私は彼と再会したのです。そして多忙を極める中、彼はまた松本に入学してくれたのです。
ここまでの詳しい話は、今回ブログを書くに当たり彼から聞き直したものですが、松本に復学した理由は以下の事だったそうです。
「再び松本に通ってリーダーとなりドラマで優勝する、というチャレンジをやってみることにしたのです。会社では末端の平社員でしたから、自分自身のリーダーシップというものを確認したかったのですね。また、忙しさを倍増すれば、元々の仕事の効率を上げざるを得ない。そうすれば自分の力も伸びるかな、と考えたのです。」
「忙しさを倍増すれば、元々の仕事の効率を上げざるを得ない。そうすれば自分の力も伸びる」これこそ松本スピリットでした。
実は、彼も私も、当時の再会の日のことをはよく覚えてないのですが、松本に復学したのがきっかけで彼の人生にまた大きな影響と大切な縁をもたらしたのでした。
まだまだ続きますよ。。。次回はいつ??
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ファッションデザイナーになる
Date. 2011.04.30 / Category.
受講生紹介教え子との再会
英語を勉強することで夢を叶えていっている人達。時にはご紹介するのも、今学習を頑張っている人達の励みになるかと思います。
極める心で紹介した須田騎一朗物語、続編もまだ書けていませんが、今日はこちらの人の話を少し。
実は須田さんが東京松本英語専門学校の夜間部にいた時、昼間部に通学していたのが伊藤弘子さん。
青山学院大学を中退して、英語を2年間専門的に学んでいました。(西内秀美先生の1期先輩にもあたります)
松本を卒業後は、ニューヨーク州立大学の服飾美術界の専門校、Fashion Institute of Technology (FIT) でウェア&マーチャンダイジング科を卒業。コムデギャルソンで勤務を経て、独立。
そして自身のブランド、翡翠:HISUI を設立して、2001A/W東京コレクションより、コレクションのデビューをしています。
昨年夏の大同窓会で久しぶりに再会した後、カプランに入学をしてまた英語の勉強も再開してくれています。
今年の3月にはパリコレの展示会から帰国後予定されていた東京でのショーが地震のため延期となっていました。
服飾工場なども東北地方に多くあり、日本のファッション業界も大きな影響を受けているそうです。
でも、「ファッションは人の心を表現し、そして不安を乗り越えるための勇気、元気を与えてくれる。東京から発信し、ファッションの力で日本を盛り上げていきたい。」との信念で先週金曜日に六本木ヒルズでファッションショーが行われました。

私もご招待を受けて、生まれて初めてファッションショーなるものを直に見に行きました。
大勢の少し奇抜でファッショナブルな人達が集まっていて、英語も飛び交っていました。その中、来客者との応対も堂々とこなしている彼女を見て嬉しく思いました。
また当たり前ですが、舞台での彼女の目はプロの厳しい、いい目をしていました。

ショーの様子はこちらのビデオでご覧ください。かわいいな、素敵だなと思うファッションのオンパレードでした。そして最後はパワーをほうふつさせる驚きの日本地図をあしらったドレスも登場しました。
HISUI 2011-12 A/W COLLECTION from TOKYO FASHION FILM on Vimeo.
夢を持って頑張る。そしてその夢を叶えるようなことが出来たら、彼女のように自分のプロフェッションを通して、さらに他の人達にも夢や、勇気、元気を与えるようにしたいですね。
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