英語上達への秘訣のブログ記事
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英語をモノにする心構え59(お金?本気?私編)
Date. 2011.08.12 / Category.
英語をモノにする心構え英語上達への秘訣
本格的に英語を学びたくても、お金がない。こんな問題は、私も結構経験しました。
でもそれを、「学習しない言い訳にしない」こと、いや、むしろ「チャンス」と考えて直接解決することを学んでから、私の人生は大きく変わりました。いや、本当に、いい方向で。
問題に立ち向かって行くと、本気にならずにいられませんから、相乗効果があるんですね。少なくとも、人間本気になれば、「たかが英語」ですから、誰にでも英語はモノにできるようになります。人生における問題にくらべれば、英語の問題なんて何でもないですからね。
さて、私が留学予定を4年後に定めるにあたって工夫したことの一つは、本来予定した通りに、その夏日本を立つことでした。でも入学前の特別プログラムだけで帰国したわけですが。
当時一緒に受講した仲間は、そのまま晴れて新入生へ。一方の私は、せっかく仲良くなった彼らにもサヨナラを言い、新入生用の準備プログラムを終了したにも関わらず、、、帰国です。その時のくやしさも、心に留めて置きたかったのです。その4年後に備えて。。。
同時に、なけなしの貯金も全て使い果たして、まさしくゼロからの再スタートとなったのです。「貯金も全く無い」というのは、心構え次第では、貯金を増やすのに強力なインセンティブとなります。
私に関してもうひとつ言えば、「英語力も全くない無い」ということが、私の英語学習への強大な原動力となりました。
中途半端に英語力があれば、それに甘んじて、あまり勉強しないという罠にはまる可能性があります。同じく、ある程度貯金もあれば、貯蓄を増やすことに熱心にはなれないわけです。
だから、ポジティブに考えて、あの時お金は全て使い果たして日本に帰ってきました。そして、もうひとつ工夫したのは、何があろうと貯金を続けるシステムを作ったことです。
システムといっても、単純な事でした。毎月給与は一旦、銀行普通口座に全て預金する(給与袋に現金でもらうという時代でしたから)。給与日の翌日には自分の定期預金口座に自動引き落としをかけておく。定期預金も満期まで〇〇年という長いもので、最大の利子をつけるとともに、途中自分で使えにくくする。普通口座の残金からは、その日に必要な額だけ引き出し、決して多めにとか、適当な額は引き出さない。
具体的に言うと、1年で150万円、4年で600万円を貯めるために、毎月12万5千円の定期預金をしました。20万円のお給料は、次の日の口座には7万5千円しか残っていないわけです。何があっても、月にそれ以上の出費はしないようにしました。
これは、今思うと結構大変ですが、当時は不思議なほど、苦には感じなかったです。実は家にも毎月3万円入れていたので、4万5千円でやりくりをしていたのですが、何しろ、毎日ほとんど学校にいるだけなので、お金はかかりませんでした。
毎日12時間以上学校にいる中、必ず必要だったのは食事でした。簡単に教務室で調理して食べたのですが、よく頼りにしたのは生ラーメンでした。3つ袋に入って200円しません。これに卵をゆでていれて終わりですから、1食100円も使わなかったですね。栄養が取りたい時は、贅沢に感じながらも、魚肉ソーセージなど同時に食べもしましたが。
あと他によく食べた思い出があるのは、アップルパンですかね。200円くらいだったですが、とても大きくて、何食かに分けて食べられて経済的でした。
(★当時の写真2枚ほどあげます。最初のは1983年(松本で教えて2年目の年)の10月生とパーティで撮ったもの。確か、今は無き、宮益坂上にあったWendy'sの2階かと。ネクタイをしみているのが私。右前にいるメガネの彼(永井さん)とは、先日再会したばかりです。もう1枚は85年頃、英会話クラスでの1シーンですね。確かに痩せていましたね。)

それでも、私本人としては、全く問題なかったのですが、まわりは少しかわいそうに思ってくれていたかもしれません。確かにやせ細ってもいましたから。本当に全く、私が意図していたわけではないのですが、やはり、こういう場面でもまわりが助けてくれるものなのですね。
先輩の先生方からは、学校終了後に、食事に連れて行ってもらったことも多くありました。また別々の生徒が、日替わりで、お弁当の差し入れをしてくれた、なんて頃もありました。さらには、生徒のお母様達からも、「うちに来てご飯食べなさい。」などとお誘いをうけたこともあったのです。
さて、いろいろなこともありましたが、果たして私は4年間で目指す貯金が出来たでしょうか。
つづく。(次回あたりで、当時の私の話は、いいかげん終わりにしようと思っています。今少しご辛抱くださいね。)
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英語をモノにする心構え58(お金?本気?私編)
Date. 2011.08.10 / Category.
英語をモノにする心構え英語上達への秘訣
果たして自分の英語力が、どのくらいなのか。勉強していることが正しく成果を出しているのか。
英語を学習している人なら、誰でも気になると思います。特に何かの利用目的があって、英語を学んでいる場合、通用するレベルになっているかどうか、不安になることもあると思います。
全くの初心者レベルから3年間日本で英語を学んだ私が、はじめて米国本土に行ったのは、1982年の夏でした。日本で徹底的に学習した成果を問う、という意味でも楽しみにしていきました。
結果、非常に自信になった部分と、補足すべき部分もハッキリとすることができたのです。
特別短期プログラムというのは、その秋アーラム大学に入学を許可された人達のみが、参加できるものでした。正確に言えば、大学側から、少し学力に問題があると判断された新入生のための、強化プログラムだったのです。
私の場合は、SATテスト免除の代わりに、参加することを促されていたのでした。
行ってみると、日本人はもちろん、海外からの学生は私一人だけした。他は、皆本土から集まった白人で、合計20人くらいだったと記憶しています。
週末のフィールドトリップも含めて全期間中、予定がみっちりとくまれていました。平日は、朝から夕方まで授業があり、食事の後、寮で宿題をする時間まで組まれていました。
そして、チューター(指導員)として上級生が4人くらい、ずっと私達と行動を共にしてくれたので、本当に手厚いプログラムだと感心させられました。
(★初めて参加したアメリカの大学での授業。キャンパスには、リスが沢山いたりして、何ともアメリカらしい光景に、心はトキメキました。<写真の追加8月14日>)
さて、特に大変だったのは、宿題でした。毎晩、短編文学作品を読んで、その感想文を提出するのですが、まず意味がさっぱりとれません。
周りの連中に聞くと、彼らも分からないとの答えが返ってきました。でも、そんなことを言いながら、感想文をタイプ始めるのです。
私は上級生に質問をしつつ、いや、何が質問とすべきかも分からないくらいだったのですが、何とか、こなしていきました。
読んで理解するのに時間がかかったのですが、だいたい他のみんなと同じような時間までには、宿題を終えることは出来たのは、嬉しい発見でもありました。
読むのはネイティブより遅かったのですが、書くことには苦労しなかったからです。読みものは、自分の英語力を遥かに超えるものだったのですが、書く時には自分の英語を使うだけですから、特に時間の遅れはなかったわけです。
またタイピングを習っていたことも、大きな助けとなりました。確かスコットという名前だったと思いますが、寮の部屋でルームメートとなった彼との対比が、面白くもありました。
読み物の内容について、私が聞くと「全くわからない」と言っていたくせに、気がつけば感想文を書き始めているのです。ところが、彼はタイピングが遅かった。。。参考までに、当時はワープロなどまだ発明されていませんで、今は懐かしき、タイプライターというものを使っていたわけです。
パッシャ、パッシャ、という音を立てながら、紙に直接文字を打ち込んでいくのですが、特にタイプミスをすると大変です。下手をすると、何度も最初から打ち直さなければいけなくなるのでした。
私は、特にタイプ打ちが早い方ではありませんでしたが、松本でしっかりと学んでいたのが幸いしました。最終的には、涙目になりながら、タイプしているスコット君よりも、私の方が早く宿題を終了していたのです。
いずれにしても、留学における、リーディング力とライティング力の必要性は痛感させられました。また、特にライティングにおいては、パラグラフライティングが徹底されていたのも、嬉しい発見でした。
というのも、それらの重要性は松本で教わってきたことだったからです。松本亨博士の座右の銘は、Read, read, and read で、多読、精読、速読、全て含めてリーディングの強化を唱えていらっしゃいました。また、ライティングにおいては、パラグラフを意識して書くことも、学校で習っていたことだったのです。
また、リーディング・ライティングだけでなく、全ての事が活かされていると実感できました。特にリスニングとスピーキングにおいては、自分の期待以上の成果が見れたのです。
授業中はもとより、普通の会話においても、ネイティブのクラスメートとあまり違和感を感じることがなくコミュニケーションが出来たからでした。
日本にいるとき、生徒会やグループワークなどで、一切日本語は使わずに英語で活動してきたことの成果も、感じられずにはいられませんでした。
正直なところ、英語だけでといっても、日本人同士だけで使用してきたわけで、ネイティブだけとの環境とは異なっていたことに、一抹の不安はあったのです。
ところが、行ってみると、全く日本でいるかのように、みんなと普通に話もできましたし、彼らの性格も日本のクラスメートだった、だれだれと似ているな、とか感じながら、特に違和感はなかったのです。
いや、実は大きな違和感がひとつだけありました。それも新たな発見で面白かったのですよ。
何かというと、松本では、あまり勉強していない人は、英語がスムーズでなかったのです。ところが、彼らは勉強度合に関わらず、話すことにおいては、みんな英語を綺麗に話して理解できていたこと。これだけは、日本と違うと変な感心をしたのでした。こんな実感は、留学してみないと体験できないことですよね。
とにかく、短期間とはいえ、期待以上にいろいろな事を体験して帰国をしたのでした。そして、その全てを、その後の自分の勉強だけでなく、指導する際に活かすよう努力をしました。
もちろん、4年後の留学目標を明確にするという、もともとの考え通り、この体験は私にとって貴重なものとなったのです。
さて、何が起きても、4年後には留学をする、そんな決意が揺るがないためにも、もう一つ私がしたことを、次回は書いてみたいと思っています。それではまた。
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英語をモノにする心構え57(お金?本気?私編)
Date. 2011.08.09 / Category.
英語をモノにする心構え英語上達への秘訣
1982年の夏、私ははじめて、アメリカ本土に行くチャンスを得ました。
もともと留学を始めるつもりが、父の会社が倒産。4年間をメドに、自分で貯金ができるまで、時期は延長することにしたのです。
それなのに、まずは、自分の持っていた貯金をすべて使い果たしても、プチ留学を決行したのでした。
理由は前回書きましたが、たとえ短期間であろうと、絶対に行くべきだという、腹の底からくるような強い、gut feeling を感じたからでした。
「行きたいけれど、お金が無いから、、、」もしくは、「貯金が無くなるから、、、」などという弱気な心は、全く出なかったのです。
「お金は使うべき時に、使うべきところでは、徹底的に使う」という精神を、それまでに学んでいたからです。
また、そうすることで、本気度にも拍車がかかると信じていたからでした。
そしてその結果、全てがチャレンジングで、貴重な体験を得ることとなりました。
まずは、当時は少し入手も難しかった、格安チケットでロスアンジェルスまで行きました。そして、そのまま、まず空港で1泊したのですが、いきなり、少し怖いような経験もすることとなったのです!
実は、ロスではYMCAに一泊してから、長距離バスに乗り、大学のあるインディアナ州に向かう旅程を立てていました。
(★その時の写真出てきました。いくつかのバスに乗り換えて行ったのですが、やはり、空よりも陸を旅すると、アメリカの広大さも身に染みてわかります。これは、おそらくラスベガスもある、ネバダ州のどこか。何もない、広大な荒地みたいなところに、ラスベガスのような歓楽地を作ってしまうのも、凄いですよね。<8月14日追加>)

それには、旅費を倹約する目的と、もう一つ大きな目的がありました。
それは、このブログで何回か紹介した、The Visitor という英語教材の影響だったのです。
物語で主人公のシマ・ケンジは、ロスから長距離バスで移動するのでした。そして最初はYMCAに泊まるか否かというような話があったのです。
この教材を全て暗誦できるまで勉強した私としては、まず自分の想像していたものと、照らし合わせてみたかったのですね。
また、帰国後は、その教材を使って授業を受け持つことも決まっていたので、より良い授業をするためにもと考えたことでした。
ロスへの到着時間が遅かったので、当日YMCAにはチェックイン不可能でした。なので、翌朝まで空港で一晩過ごすことを計画して行ったのです。
事前にストローマン先生に相談したところ、アメリカ人は、結構そのような旅程でいる人達もいて、空港に寝ている人も多いから大丈夫だと言われていました。
ところが、一晩過ごすつもりで、空港のチェックインカウンターの前あたりで椅子に座っていると、だんだんと人影が消えていったではありませんか。
空港内のレストランやショップも全て閉店して、場内は暗くなりました。旅行者だけでなく、空港職員も消えていき、現れたのは清掃をする大男達のみ。
違う場所に移動しようとすると、一旦外に出なければいけませんでした。外に出ると、待ち受けていたのは、白タクのような運転手ばかりで、しかも私の手を引いて、車に乗せようとするのです。
結局もとの場所に戻り、最初の一晩は一睡も出来ずに、椅子に横たわって明かしたのでした。後で、ストローマン先生は搭乗口ゲートあたりのことを話していたとわかりましたが、チケットの無い私が入れるわけもなかったのです。
さて、話が、相当横道に逸れてしまっているようですが、そんなこんなで、全てが私にとっては、頭で理解していたことと、実際との違いを体験するような、未知で刺激的な旅となりました。
その翌日に泊まってみたYMCAもそうでしたし、長距離バスの駅も、何度か乗り継ぐなか見えていたアメリカの景色も人々も。
当時は、まだアメリカは日本より遥かに先に行っていた感もありました。どんな事務所にもコンピューターが入っていたのも、凄いと思いました。(コンピューターといっても、ディスプレイ画面には緑色の文字や数字しか写らないものでしたが)。
自動車も大きかった。日本車といえば、ダットサンの名で売られていた日産の小型車だけで、日米の力の差を象徴しているかのようでした。
しかし、何といっても、自分に勉強になったのは、大学での授業や生活でした。特に英語に関しては、自信が持てる点と、補うべき点が定かになったのです。。。(続く)
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英語をモノにする心構え56(お金?本気?私編)
Date. 2011.08.08 / Category.
英語をモノにする心構え英語上達への秘訣
どんなことがあっても、4年後には留学はしてみせる。そんな決意のもとに、二つのことを実行しました。
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1週間ぶりになってしまいましたが、前回8月1日からの続きです。チェックしたところ、自分の昔の話をはじめてたのは、7月7日の英語をモノにする心構え38からでした。すでに18回目と長くなってしまっていて恐縮です。今日は、1982年、私が21歳の時の話です。
こちらをクリックして頂けると、英語をモノにする心構え1から並びかわります。
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二つの事のうち、一つは、もともとのスケジュール通りに、八月には、アーラム大学へ行くことでした。新入生用の特別短期プログラムがあったと、以前書きましたが、それにはそのまま参加しようと思ったのです。
費用については、高かったです。何しろ当時は今では考えられないドル高の時代でしたから。今調べましたら、1ドル260円もしたのですね。確か50万円くらい必要だったかと思いますが、留学の費用の付け足しにしようと、丁度、バイトで貯金もそのくらいしてあったのです。
そして、次の理由から、全て一旦貯金を使い果たしても、行った方がいいと思ったのです。
それまで、本土にも行ったことがなく、ましてや向こうの大学の授業などは、おとぎ話のような世界でした。
ぜひそんな世界を見てみたかったという、純粋に強い願望がまずあったのです。また、そうすることで、4年後の留学も現実的なものとして、捉えられることになると思ったのです。
それと同時に、自分の英語力がどの程度、留学をして通じるのか確かめたかったのでした。もし足りないものがあることが感じられれば、それを4年間で強化できると考えたのです。
森先生にも、相談したところ、それなら行ってきなさいと許可が頂けたのです。正式に勤務を開始するのは、帰国後に開始すればいいと。そして渡米前日、オフィスで先生はお小遣いをくれたのですが、そのシーンも忘れられません。
封筒に500ドルの現金をいれてくれたのです。表には「このお金は全部使って来て下さい。」と書かれていて先生の英語サインがされていました。(その封筒も頭の中には写真のように明確に残されています。そして、言われたように全て使ってきました。)
私は思わず、「私の英語サインも、先生にデザインしてもらいたいのですが、お願いします。トラベラーズチェックに書かなければいけないので。」と言って紙を差し出しました。
先生は、首をかしげながら、いくつかMakoto Ishiwataとサインを書いてくれて、「これがいいんじゃない。これはね、自分の署名だと証明できるように、3つのポイントがあるの。ひとつはね、、、」と説明してくれたのです。
実は、今でも私はその署名デザインを使っているのです。
(★スナップ写真を入れていた袋の中に、この封筒も見つかりました。そして、先生が書いてくれた私の署名デザインも!<8月13日追加>)

話は、少しそれましたが、本当に行って良かったです。
その時の経験が、その後4年間の私の教師としての自信にもつながったのでした。どのような経験をしたか、また明日に続けますね。
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英語をモノにする心構え53(お金?本気?私編)
Date. 2011.07.29 / Category.
英語をモノにする心構え英語上達への秘訣
留学の予定が白紙となって、将来の計画を今一度、つくり直すことが急務となりました。
本当に将来やりたいことは、何なのか。自問自答を続けた結果、確かな声が聞こえてきました。
「教えること。英語を教えることだ。出来れば松本で教えたい。やはり、それしかない!」
もともと、小さい時から、私は教え好きな性格でした。といっても、英語が出来るようになるまでは、特別に出来るものは何も無かったのです。でも、自分が出来るのに、他の人が出来ないで困っているのを見ると、助けたい気持ちで一杯になる性格でした。
ましてや英語の場合、救いようが無いほどに、英語が分からなかった自分が、短期間で英語力をつけられたのです。教え魔の性分と、松本への感謝の気持ちもあいまって、松本で教えたいという気持ちになっていたのです。
その1年前から、英語の家庭教師は少し経験していました。相手は中学生でしたが、英語を楽しそうに、吸収していく様をみて、やりがいを感じました。
そういうこともあり、はじめから教えることに興味はありました。ボランティアとして、松本で働き始めたのも、それが理由のひとつだと、前回も書いたとおりです。
しかし、自分のキャリアを考えるには、まだ時間があったので、そこまで強くは思っていなかったのです。いくつかの選択肢のうちの、ひとつでしかありませんでした。むしろ、時間をかけて決めていきたいと思って、一般教養科目に強いアーラム大学を選んだのでした。
今思い返すと、あの時点で留学ができなくて、本当に良かったと思います。まだ余裕がありすぎたからです。本気度を上げるためには、もっと自分を追い込む必要があったと思うからです。
さて、自分の目指したい道が見えて、早速、森先生に相談してみました。すると、先生から信じられないような、有難いお話を頂けたのです。
続きます。。。(今日は短くて、ごめんなさい。ご承知のとおり、今日は山のシュ-レの初日でした。まだ、いろいろとあるので、ここまでにさせて頂きます。また明日。)
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