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◆〔Mon〕Beyond the Border

8月30日

----------------------------------------------------------------------------------- 月曜日更新担当、国際人道支援組織ジャパン・プラットフォーム(JPF)からの
受講生チーム"Beyond the Border"より
受講生・田口さんの更新です!

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Mr.Taguchi.JPG
今日(8月3日)の新聞に、全国知事会や経済同友会、連合など9団体が自公政権の実績を採点した記事がありましたね。ご覧になりましたか。 日本は政権を批評できる民主的な国家なのだと、改めて実感しました。




しかし、国民が投票する機会すらない国もまだまだ沢山あります。
また、選挙が行われたばかりの国もあります。
ずいぶん前の話ですが、1993年に行われたカンボジアでは村人が精一杯の一張羅を着て、晴れやかな顔で投票していたと聞いています。
私は選挙の日に着る服なんて特に気にしたことはありません。それだけ日本に住む私自身に民主主義が根付きつつあるのかなと思います。


では、他国の人たちはどうでしょうか。


090803.jpgキャプション:「1996年、内戦下の旧ユーゴでの極右政党の集会。国会前にドクロ・マークの旗をたなびかせ、数万人が『あいつら(敵対する民族)を殺せ!』と熱狂していた」


ベオグラード、サラエボ、プリシュティナ。
学生時代に旧ユーゴの各都市を訪れたとき、街角で食堂で多くの市民に質問しました。

Q:内戦下で、あなたはなぜ銃を構えたのか?
A:「家族を、友人を守るためだった」


Q:なぜ銃で守らなければいけない状況になったのか?
A:「あいつら(敵対する民族)が攻めてきたから」


Q:なぜ敵対する民族が攻めてきたのか?
A:「一部の政治家が戦争を始めたたからだ。私は望んでいなかったのに」


山奥に避難していたおばあさんの言葉が忘れられません。
「きちんと政治に関心を持っておけばよかった。。。」

彼女は地元で知り合った方と結婚し、質素ながらも平穏な生活を送っていました。
内戦が始まったとお隣さんから聞いてはいましたが実感はまったくなく、別世界での出来事のように感じていました。戦局が悪化したある日、突然兵隊が襲ってきて命からがら逃げ出しました。
そして、農夫が夏季に使う山奥の簡易宿泊所で、いつか生れ故郷に帰れるかも分からない将来への不安を抱えて厳冬期を過ごしていました。


日本の現状と比べると極端な事例ですが、政治は市民の生活をこんなに変えてしまうこともあるのです。

皆さんには既に「投票」によって政治に関与できる権利があります。
政策、実績、政権。どんな観点で判断しようとも、それはあなたの自由です。
もし、あなたが支持する議員・政党がなくても、「よりまし」だと思うところに投票できます。
ポスターの印象で候補者を選ぶのだって間違いではありません。


あなたが投票用紙に記入するまでにまだ時間はあります。
投票権は天与のものでもなければ、何もせずに未来永劫続くものでもありません。
8月30日の総選挙、行って下さいね。


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【留守番係から】2009.06.29 (Mon)

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Posted By: 田口 圭祐 on August 3, 2009

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◆〔Mon〕Beyond the Border

友人との再会

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Ms.Itakura.jpg 今回は、仕事の話はやめて スーダンで再会を果たした友人のこと、その友人の言葉についてお話します。

友人の名は、トーマス。 
南部スーダン、東エクアトリア州トリット出身。タルーカ族。(長身の痩せ型)
両親は、内戦により失い、彼は命からがら兄弟数人と首都ハルツームへ逃げてきました。その時負った左上腕部の傷が痛々しく、こっそり見せてくれました。銃で撃たれたのです。あとは、安宿で住み込みの掃除のアルバイトをしながら、ジュバ大学に通っていた。ここまでが、これまでに私に話してくれた内容です。



大学卒業後は、ユニセフなどで働いていましたが、ナショナルスタッフは半年毎の契約で、不安定でした。
しかし、南部スーダン政府が樹立により、ジュバ(南部スーダンの首都)へ戻り、この日を待ち望んでいた国づくりのために経済産業省の役人となった。その間に、大学で知り合った女性(女医)と結婚しました。1年前には男の子が生まれ、コニョコニョマーケット(コニョコニョ市場といい、ジュバでは誰でも知っている場所)の近くに家を借りて、家族みんなで住んでいました。

私は、2002年にスーダンを離れて以降は、なにかと忙しく、連絡は取っていなかったのですが、時々彼から様子を伝えるメールが届いていました。
今回のスーダン出張前も時間が無く、私が連絡を取ったのもスーダンへ出発した後でしたが、すぐに返事をくれました。



出張中は本当に時間が無いのですが、時間を見つけてUNHCR事務所近くの彼のオフィスまで会いに行き、久しぶりの再開に喜びました。ユーモアと優しさと流暢な英語、生真面目なところ 何も変わっていませんでした。しかし、すごく貫禄がついていたのに驚きました。私たちが出会ったときは、彼はガリガリだったから。今は、人間として、夫として父として幸せなのだろうと直ぐに彼の顔を見てわかりました。



彼の仕事はとうに終わっていたのにも関わらず、オフィスで待っていてくれて、いろいろな話をしてくれました。きっと、いつものように私がズケズケと色々聞くからだと思うけれど...。
今まで語らなかった話、家族のことや今後のことなど。それに、話題になっている公務員の給料の遅延についても聞いてみました。



彼の真実は、獣医だった父親は内戦中の流れ弾で死に、母親とは戦争中に死に別れとなっていたのです。ハルツームに来るまではSPLAの一員として政府軍と戦っていた兵士だったのです。戦っていた時に、銃撃戦で大怪我を負い、ジュバへ運ばれ治療を受けたのです。その時は、偽装し一般市民として入院し、怪我を治したそうです。そうでもしないと、政府軍に見つかれば殺されてしまうからです。九死に一生を得た彼は、兵士として戦っている場合ではない、今後の国づくりのために勉強しようと気づいたのです。これを機会に一般市民としてやり直そうと、ハルツームに行きジュバ大学(内戦中にハルツームにジュバ大学の分校が出来た。ハルツーム大学と並びスーダンで1,2を争う優秀な大学)へと進学しました。お金が無く、住み込みでアルバイトしながら学費を貯めたのです。
そんな中でも、情報収集を欠かさず、南部にいる同胞に、北部スーダンの情報を送っていたそうです。



今の生活は、大学で知り合った彼女と結婚し、子どもに恵まれたこと、新しい国づくりのために役立っていることが本当に嬉しいようでした。
しかし、言われているように公務員の給料の遅配(満額がいつも払われない)があり、気持ちの上で、将来への不安も見えました。
既にCPAが署名されて3年がたっても、社会や生活が好転しないことへの不安があり、このままの状態が続くようであれば、移民したいと口にしました。そして、「でも、情況が好転したらまた戻って来たいけれど...」と。
彼は、更によりよい生活を求めるため、安全で公平な社会をもとめ、また高い教育を更に受けたいという希望があり、奥さんの兄がいるオーストラリアへ移民したいとはっきりと口にしたのです。また、彼の中には、大学で教育を受けたという自信と誇りがあり、他の国でもやっていけるという自信があったことの裏づけだったのかもしれません。



私は、これを聞いて複雑な気持ちになりました。
これからが、自分達の国づくりが本格化するというときに、その国を出たいという人がいる。それも、これまで「この瞬間」を待ちわびていた人が、そう言ったのです。スーダンにて、高等教育を受けて、そして育った人が今後の南部スーダンの未来を担う人から、国を出るということを聞いたのが、ショックだったのです。
そして、国づくりの一助になればと、遠い日本から赴き、支援をしているNGOがそこにはいるのです。
誰もが よりよい生活を求めることは、当然のことです。
しかし、自分達の国を自らが造らなくて、誰が造るのでしょう。



今回の出張は、いろいろと考えさせられる機会となりました。
皆さんは どう思われましたか?


▽モニタリングで訪れたプロジェクトサイト近くのCattle Campモニタリングで訪れたプロジェクトサイト近くのCattle Camp.JPG

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【スーダン再訪】2009.07.13 (Mon)

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Posted By: 板倉 純子 on July 27, 2009

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◆〔Mon〕Beyond the Border

「割り込み上手」になりたい。

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Mr.Shina.JPG
ジャパン・プラットフォームの椎名です。先日のイラク北部への出張でも経験した英語でのコミュニケーションについて書かせていただきたいと思います。


現在の私が人道支援現場で行う英語のコミュニケーションの多くは、事業実施中もしくは終了後に支援に係った人々(支援を受けた人、支援活動をした人が主です)へのインタビューのような形になります。多くの場合、それは事前に事業の計画書を読んだ上で、支援を行う前の支援地域の情報を聞き、支援のニーズが沢山ある中でどうしてその活動を選んだのかを確認することから始まります。けれど往々にしてインタビューは意図していたものとは違う方向に迷走することがあります。


私が経験した中で一番多いのは、支援を受けた地域の方々から更なる要望の話が殺到し、話の論点がずれてしまうことです。「もっと支援して欲しい」「支援がぜんぜん足らない」「こんな支援をして欲しい」という意見を聞くことはとても大事なのですが、それが過ぎると限られた時間の中で聞かなければならないことが聞けず、また更なる期待を生み、最終的には相手を落胆させてしまうことにつながる危険があります。私の限られた経験から言えば、日本の学校で誰かが話しているときは黙って聞き、話が終わってから自分の質問をするといった会話の形式に慣れているため、このような状況だと、ずっと相手の要求を聞いてしまうことになります。


こんなとき、私にはしっかり「No」と言ったり、話の論点を変えたりする必要があります。「Sorry to interrupt you, but...」と言って話し始めたり、相手の話の呼吸の合間にすっと入るようにしようと試みますが、まだまだ上手に出来ません。こんなとき、私は長縄跳びで遊んだ時の縄跳びの輪に入るときのような気持ちになります。文字通り「break into」せずに、でも話をスムーズに変えていく技術はとても大事だと思います。様々な国の人々とミーティングをする際には、この技術を持っている人がいると話の主導権をとり易くなり、私が話している最中にうまく入られると「やられた!」と思うこともしばしばです。逆に割り込みされた際に、自分の話を最後までしなければならない場合もあります。そんなときには「Excuse me, let me finish.」と言って最後まで自分の論点をはっきりさせる必要がある場合もあります。


私が海外に留学した際にも、授業で誰かが話している最中にもかかわらずクラスメートがどんどん議論に割り込んでいくのを見て、軽いカルチャーショックを受けたのを覚えています。その場にいる皆が自分の話だけを聞いてくれる状況は、現実には実はかなり少ないかもしれません。自分の主張を言わないと自分の存在すら無視されてしまうような留学先の授業や、お互いの主張をぶつけてより有利な条件を取りたい交渉の場など、主張のポイントがあることが前提条件ですが、このような表現や使うタイミングを体で覚えることは必須だと思います。


いかに相手を傷つけず、話の腰を折らないで話の流れを変えるか。議論の流れのなかで自分の主張をしていくか。まだまだ勉強中の私ですが、カプランの授業の中でも常に意識してコツをつかみたいと考えています。


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【イラク北部より戻りました。】2009.07.06 (Mon)

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Posted By: 椎名 規之 on July 20, 2009

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◆〔Mon〕Beyond the Border

スーダン再訪

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Ms.Itakura.jpg
中国に引き続き、6月に15日間の日程でスーダンに出張しました。 田口さんの前振りから、今回はスーダンについて触れますが、まずは、私とスーダンのつながりについてお話します。次回、南部スーダン出張記としたいと思います。


私にとってのスーダンは「第二の祖国」と呼んでもいいくらい特別な国です。 私とスーダンの関わりは、この国を初めて訪問した2001年にさかのぼります。当時の私の研究テーマは、スーダン北部の住居や住まい方の調査研究を通じて、最終的には乾燥地域における環境適応型モデルの提案をしたいというものでした。修士論文では、住居と集落の空間構成を見出し、住まいや集落を記録するにとどまりましたが、延べ6ヶ月に及ぶ現地調査の経験は、スーダンの人々の生活を理解するのに今でも役立っております。


私が2001年2月に初めてスーダンに行くことになった時、この国に関する情報は皆無に等しい状況でした。日本でのスーダン研究といえば、京大の文化人類学者栗本先生が南部の部族について、社会人類学の分野で都立大(当時)の大塚先生が、北部のイスラームについて研究をされている程度でした。しかも、1992年に人道支援以外の日本の援助がすべて停止して以来、スーダン国内での調査をしている研究者や、当時の様子を知らせる現地情報がまったく存在せず、スーダンというと内戦に明け暮れる危険な国というイメージしか持たれていませんでした。


私も、初めてスーダンへひとり出発したときは、本当に心配で心細かったのを覚えています。内戦をやっている'どんな悪い国なんだろう'と、成田空港で友人からのメールで弱音を吐いたときに、「これから自分が好きなことが出来るのだから、頑張って!」といった内容の返信があり、嬉しくて今でも思い出します。


しかし、スーダンに到着してからの生活は、出発前のこうした不安を完全にかき消してくれました。というのは、スーダン人の家庭で生活を共にする中で、様々な人々に助けられながら研究をすることが出来たからです。また、スーダン人との日常の交流を通じて、国際社会からの支援が停止していた厳しい時期を必死に生きているスーダン人の苦悩や優しさ、気質も知ることが出来ました。さらに、広大な国土、そこを悠々と流れるナイル河、猛烈な熱帯性気候など、この国の持っている潜在的な可能性にどんどん惹かれていきました。


この時の調査でお世話になったスーダン人の家族やお友達、そこで出会った世界各国の友人たちは、今でも大切な存在です。今回の南部スーダンへの出張で、7年ぶりに友人と再会することが出来ました。とても立派になり、結婚してかわいい男の子もおり、政府機関で働いておりました。当時では、聞けなかった話(これまでの生活やSPLA(スーダン人民解放軍)にいたこと、大学へ進学した経緯)を聞き、改めて彼の強さと戦争の醜さを再確認しました。


数年ぶりのスーダン訪問は、驚きと興奮であっという間に過ぎてしまいました。 これまでの研究を活かし、スーダンにどっぷりと浸かり、長い戦争で疲弊した人々の生活を再建するために自分には何ができるかを、これから考えていきたいと思っています。


▼南部スーダンの首都JUBA▼ 南部スーダンの首都JUBA.jpg

▼砂漠だけではない、豊かな大地をもつ南部スーダン▼
砂漠だけではない、豊かな大地をもつ南部スーダン.jpg
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【三国志から学ぶ人道支援】2009.06.08 (Mon)

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Posted By: 板倉 純子 on July 13, 2009

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◆〔Mon〕Beyond the Border

イラク北部より戻りました。

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Mr.Shina.JPG
ジャパン・プラットフォームの椎名です。先日イラク北部へのモニタリング出張から戻りました。


ジャパン・プラットフォームは2003年から、イラク人道支援を続けてきました。今回イラクでの支援活動に一区切りをつけるにあたり、現地で実際に事業の成果を確認し、総括報告書を作成して今後の活動に活かしていこうというのが今回のモニタリングの目的でした。私個人としてイラクは2003年のバグダッドに続き2回目ですが、イラク北部のクルド自治区を訪ねるのは初めてでした。


ジャパン・プラットフォームではこれまで、イラク・ヨルダン国境付近でのイラク難民キャンプの支援を皮切りに、イラク国内での生活支援物資の配布、学校修復、給水関連事業、医療物資支援などを、日本のNGOを通じて行ってきました。今回は特に、イラク北部でピースウインズ・ジャパンと言う日本のNGOの学校修復や診療所建設・修復、町や村での水タンク・水道管設置事業を視察しました。イラク国内では2003年からの戦争や混乱はもとより、その前の湾岸戦争や国内での政情不安により250万人以上の国内避難民(戦乱などで故郷から避難し、同じ国の中で避難生活を送る人々)が発生しているといわれており、ここ数年の水不足や基本的な生活インフラ(上水道や電気、医療や教育施設)の破壊・未整備もイラクの人々の生活を困難にしています。
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        支援現場への道のり                 建設された地方の診療所

現地に入ってまず直面するのは、猛暑でした。気温は日中45度前後まで上がり、町や村々をめぐって移動、支援した学校などの建築物の確認、現地の方々へのインタビュー、記録のための写真撮影、そして移動の繰り返しは体力をかなり消耗しました。現地の治安は比較的安定していたものの、現地滞在中近くのキルクークという町で爆発があり、常に警備の人間と行動しながらスケジュールを管理するのも大きな仕事のひとつでした。私は出張中だけでしたが、現地で実際に事業を実施した方々、特に日本人のスタッフの方々のご苦労がわかるような気がしました。


でもその苦労を吹き飛ばしてくれるのは、やはり現地の人々から寄せられる感謝の言葉です。現地の支援のニーズをしっかり把握して実施された事業は、実施後5年ほど経った今でも現地の人々によって有効に使っていただいていることが今回の調査で判りました。これは簡単なようで、実はかなり難しいことです。たとえば建設や修復をした学校や診療所は、そのメンテナンスに現地政府からの予算がほとんどついていないことが多く、学校の先生や診療所の医師・看護婦を含めた現地の方々が自分たちで施設のメンテナンスを行っているケースが見られました。また現地政府も支援された施設に発電機を入れたり、浄水剤を施設に配布したりするなど、施設をより有効的に活用しようとする動きも見られました。ただ外国から支援をするのではなく、話し合いを繰り返し現地の人々と一緒に問題を解決しようとする取り組みは、NGOの得意とすることです。現地の支援関係者から「私たちは支援活動を"Complement"する形で行っているのだ」という言葉を聞くことが出来たのは、大きな収穫でした。


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                建設された学校                        学校の内部

私が現地を視察させていただく中で、「サラセミア」(地中海性貧血症)の患者のための診療所を視察した日のことです。ジャパン・プラットフォームの支援を受けた日本のNGOが診療所を建設し、現地の保健局を通じて現地の医師が治療を行っているのですが、医療にはお金がかかり、イラク国内で手に入らない医療品も存在していることがわかりました。輸血を受けている患者の方々をお見舞いしながら、診療所の所長は日本からの支援に深く感謝の意を述べるとともに「私の患者の一人で、英語の教師になった患者がいます。」とまるで自分の子どもを自慢するかのようにおっしゃいました。私が「それはすばらしいですね。その方は今どうしていらっしゃるのですか?」とたずねると、所長はしばらく沈黙した後私から目をそらし、一言「彼女は先日なくなりました。」とつぶやくように私に答えたのを覚えています。
たとえばイタリアでは適切な診療を受け患者が50歳以上生存するケースもあるということですが、イラクでは患者がそこまで生きていくのはかなり難しいとのお話でした。この世の中では、人の命は平等に扱われることはむしろ少ないという事実とともに、私の質問に目を床まで落とし、「She died. Few days ago.」とつぶやいた所長の横顔が私の心に残りました。

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        建設された水タンク                 現地で水は貴重です

もちろんすべての事業がうまくいっているわけではありません。数年前に支援した活動地で、近年の水不足で水が出なくなってしまった井戸や、窓ガラスが割れたままの学校なども視察しました。事業が終わった後にはNGOと現地政府の間で引き渡し書を結んでおり、その後のメンテナンスなどは現地政府の責任であることは明白ですが、状況が日々変化し、治安の悪化などで現地の視察が難しい中での事業の難しさなども目にしました。支援のニーズは膨大であり、その中で何を優先的に行い、現地の方々にどのように長く支援を活用していただくかは、人道支援に関わる者にとって、いつも大きな課題となっています。


ジャパン・プラットフォームの支援活動の多くは、皆さんの税金によってまかなわれています。「ばら撒く支援」ではなく「現地の方々の活動を後押しさせていただく支援」の実現のため、今回のモニタリングは多くのものを学ばせていただく機会となりました。

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【ノン・フィクション】2009.06.15 (Mon)

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Posted By: 椎名 規之 on July 6, 2009

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Monday
Beyond the Border

ジャパン・プラットフォームとは、難民発生時や自然災害時の緊急援助をより効率的かつ迅速に行うために、NGO・経済界・政府がそれぞれの特性・資源を活かして協力・連携して支援に取り組んでいる国際人道支援組織です。
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Wednesday
Zen and the Art of Aptitude

カプラン ジャパンにて主にTest Prepを担当するカプランの講師群。LSAT、SAT、GMATやGREなど、教室の中では試験対策一色ですが、実は多趣味で興味深い一面を沢山持っています。趣味やプライベートなどの出来事を、得意の試験対策に絡めて、ユーモアたっぷりにお送りします。
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Friday
From the Horse's Mouth

カプラン ジャパンにて主にEnglish Programを担当している講師群。選択クラスからワークショップまで幅広く教えている彼らですが、カリキュラムの一つ、TPP(Team Presentation Project)ではそれぞれが担当するチームを率いており、生徒の専任アドバイザーとしても頼りになる存在。
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